2016年06月05日

炭素年代測定による方形区画施設の年代

方形区画施設の年代は卑弥呼の在位年代の物である。そのことを炭素年代測定値が裏付ける。
次の図は日本産樹木年輪の示す炭素14年代とIntCal09とを比較したものである。
tannso14hikaku.gif
出典:国立歴史民族博物館研究報告 第163集 2011年3月
「古墳出現期の炭素14年代測定」
日本産樹木年輪の示す炭素14年代とIntCal09との比較

ヨーロッパ産の樹木を用いて作成された北半球標準の較正曲線IntaCalと年代の解る国産樹木の炭素年代測定値では、1世紀代から3世紀頃に於いて日本産樹木の炭素年代値は、古い値を示すことが解る。
この図に南半球標準較正曲線を書き加えたのが次の図である。
hikaku-tannsonenndai75.gif
以前私はこのブログで、日本列島出土試料の推定年代は、南半球標準のShCalで較正した年代より新しくはならないとした。しかし、これは訂正する必要がある。ShCalで較正した年代より大幅に新しくなることは無いが、必ずしもShCalよりは新しくはならないとは言えない。
だがこの遺構が、古墳時代前期に収まらないとする見解に変わりはない。

橿考研が、古墳時代前期とする遺物の炭素年代値は、次のようなものである。
akitu-Radiocarbon.gif

この中で古い炭素年代値を示した掘立柱建物について、日本産樹木のグラフを元に、おおよその年代を推定してみる。
houkeikukaku-nenndai75.gif

炭素年代値1910±20のSB0040、および1900±20のSB0030bは、1世紀から3世紀前半の年代を示す。可能性の高いのは2世紀代である。
どう見ても西暦250年よりは新しくはならない。
また1850±20のSB0085についても300年代という可能性はあるが、可能性の高いのは3世紀前半である。
これらは測定された資料の年代で、それがそのまま建物の存続時期を表すわけではない。だがこれらの年代を古墳時代前期とすることには無理がある。
これらの掘立柱建物は、方形区画施設内部の建物である。方形区画施設の年代に通じると考える。
これは秋津嶋宮の一部であり、それは卑弥呼の在位期間の建物であると、私は考える。すなわち2世紀末頃から、3世紀中ごろに存在したのである。炭素年代測定値はそのことを裏付ける。






この記事へのコメント
素晴らしいですね。日本産とヨーロッパ産との特徴に視点があり法則性を見つけると基準も動きかねないんですね。
これぞ人間の出来る頭の発想転換によるアイデア。
今後が楽しみです。応援しております。
Posted by りひと at 2016年06月24日 13:06
りひとさん応援ありがとうございます。
秋津遺跡の重要性を訴え続けて、すでに8年となります。ほとんど孤立無援の中で、多小なりと私の主張に興味を示していただける方があることに元気づけられます。

Posted by 桂川光和 at 2016年07月08日 10:37
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