2009年07月21日

男弟は六代孝安天皇

 この押媛命(おしひめのみこと)または忍鹿比売命(おしかひめのみこと)とよばれる女性は、天足彦国押人命という人の子供である。したがって、押媛命の母親を宇那比姫命とするわけであるから、宇那比姫命は天足彦国押人命の妻である。

天足彦国押人命には、日本足彦国押人命(やまとたらしひこくにおしひと)という弟がある。すなわち六代孝安天皇である。すると六代孝安天皇は、私が卑弥呼とする宇那比姫の義理の弟に相当する。

その関係を下に示す。

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『魏志倭人伝』は卑弥呼には、男弟があって国を治めるのをたすけていたとする。卑弥呼の政治を補佐する男弟があった。
この男弟こそ六代孝安天皇なのである。

この和邇氏系図に宇那比姫を見つけたのは私にとって驚くべき発見であり、また従来からの思い込みを訂正させる事にもなった。
私は卑弥呼は独身の女性と思い込んでいた。ところうが天足彦国押人命という夫が有ったのである。
天足彦国押人命は五代孝昭天皇と尾張氏の女性、世襲足媛命(よそたらしひめのみこと)との子供である。
魏の使者が邪馬台国を訪れた時、すでに天足国押人命は亡くなっていたのである。
卑弥呼すなわち宇那比姫は、二世紀の終わり180年前後に王位に擁立されたと思われる。

魏の使者が邪馬台国を訪れた、240年頃には相当な高齢である。したがって実際の政治を取り仕切っていたのは、義理の弟である孝安天皇であった。
posted by 曲学の徒 at 16:19 | Comment(1) | TrackBack(0) | 男弟は六代孝安天皇
この記事へのコメント
同じく思います。
こちらのサイトの構造がやっとわかりました。全部拝見したいと思います。
同じ事思っていたので嬉しいです。
卑弥呼の国は女系継承で弟の国は男系系統でしょうね。でも実際にも弟の国も女系で卑弥呼に繋がる系統で繋がっていそうですね。
日本の天皇制の継承にも見えない力が働いていそうですね。1300年続いていると思ったら人間だけの努力ではないでしょうね。
そこで卑弥呼の国が解明できていないのは悔しい限りです。どうぞ今後のご活躍も楽しみにしております。
Posted by りひと at 2017年03月04日 16:53
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