2009年08月09日

発掘結果

No1尾根のレーダー探査の結果
 No1の地中レーダー探査を行った。
中心付近にすでに誰か掘った穴がある。その近辺の探査を行ったが、確実に何かが存在すると思えるような徴候を検知できなかった。
ただし墳丘の中心から2mほど離れた場所で、レーダーの異常反射波を検知した。
深さ1.2mくらいのところに、何かが存在する。目印の木杭を打ち、後日発掘する事にした。

No1-10.jpg

尾根は古墳であった
 後日その場所を掘った。
そこから五世紀後半の鉄刀、槍の石突、鉄族(てつぞく)30本くらいを発掘した。遺物の出土場所には朱が撒かれていた。

残念ながら私が期待した年代の遺物ではなかった。
古墳であることを確認したので、県の文化財保護課に連絡を取り、出土遺物を引き渡すと共に、後の調査を移管した。

卑弥呼の墓という仮説は証明できなかった
結果としてここが径百余歩の卑弥呼の墓という私の仮説を証明できなかった。
私にとっては不本意な結果である。

しかしそうでないと確定したわけでもない。
掘った場所は中心からやや外れたあたりである。なぜ中心を掘らなかったかと言えば、墳丘の中心あたりではレーダーに、目だった反応はなかったからである。
だがレーダー探査のみで結論が出るわけではない。最終的には掘ってみなければ解らない。

文化財保護法の対象地域となった
 これまで私はこの場所を一般に公開することを避けてきた。ホムーページで航空写真を提示したが、具体的な場所を公開しなかった。
不用意な発掘によって遺跡破壊を恐れたからである。
これまでここは県の遺跡地図で、古墳として認識されていない場所である。
しかしこの時点で古墳として認識され、埋蔵文化財保護法の対象地となった。
以降、県の教育委員会の許可なくして発掘はできない。遺跡として保護されるのである。
今はこうして、このブログで詳細を語ることができる。

結論は秋津島宮の出土まで持ち越し
 私は今行われている京奈和自動車道建設に伴う事前調査で、六代孝安天皇の秋津島宮が出土すると予想している。
最終的な結論はその後としたい。
posted by 曲学の徒 at 15:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 径百余歩、卑弥呼の墓
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/31183263
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック