2009年08月10日

卑弥呼がなぜ丹波の系図に登場するのか

『勘注系図』に登場する卑弥呼 
 最初私は、丹波国造の系図である『勘注系図』に、宇那比姫すなわち卑弥呼を見た。
そのために卑弥呼は、丹波の出身ではないかと思った。しかしこれは間違いであった。

『勘注系図』を深く知るようになると、宇那比姫は丹波の系譜の中では傍系の人ということが解った。宇那比姫は尾張氏の人である。

なぜ丹波の系譜に尾張氏の人物が登場するかである。
それは、古い時代の丹波は尾張氏の支配地であるという理由からである。したがって尾張氏の当主が丹波の当主を兼ねている。
そのために『勘注系図』の当主として、一部尾張氏の当主が登場する。
下の系図の六世孫建田勢命、七世孫建諸隅命、八世孫日本得魂命は尾張氏の当主でありまた海部の当主でもある。

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『勘注系図』の卑弥呼は傍系の人という扱い
 また『勘注系図』という丹波の支配者の系図の中に、傍系の系譜として尾張氏の系譜が併記されるのである。
先に見た建多乎利命も傍系の系譜として、『勘注系図』に登場している。
私が卑弥呼とする宇那比姫も六世孫建田勢命と同じ世代に単独で記される。系図上でどのような関係にあるのか不明である。しかしこれは『先代旧事本紀』尾張氏系譜を見れば、宇那比姫が建田勢命を長男とする七人兄妹の一番末の妹であることが解る。

卑弥呼は尾張氏の生まれで、おそらく生まれたのは葛城高尾張であろう。丹波ではなく大和である。

http://kodai.sakura.ne.jp/kanntyuukeizu/3-1keizuhoakari-otunane.htm
posted by 曲学の徒 at 14:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 卑弥呼は宇那比姫
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