2009年08月11日

発掘に至るまでの経緯

個人に発掘許可は出ない。

 埋蔵文化財保護法という法律がある。
遺跡とされている場所を掘るには、地元教育委員会の許可が必要である。

奈良県は個人や企業の発掘は認めないとする。業者等が適当な調査委員会を立ち上げ、都合の良い調査報告を作って、開発を実施することを防止するためである。
許可が下りるのは、教育委員会や、教育委員会主導の下に組織された調査委員会である。

そこが明確に遺跡と認識されていなくとも、重要な伝承地などの近辺や、周りに遺跡が在るところの発掘の許可は下りない。
私が掘ろうとした場所は天皇陵の隣の尾根である。200mとは離れていない。したがって私が個人的に発掘することに対し、県は許可しないと伝えてきた。

個人の仮説を検証するために調査など行わない。


 実はそれまでに様々な経緯があった。
私はそこが極めて重要な遺跡であるから調査をするよう申し出た。
文化庁を初め、県の文化財保護課、地元教育委員会、橿原考古学研究所、奈良文化財研究センター、それに地元の考古学研究室を持つ大学等である。

しかし私の申し出をまともに取りあげる人など誰も無かった。
皆さん大人である。はっきりとはおっしゃらないが、「素人の仮説などにいちいち付き合っておられるか」「個人の仮説を立証するために調査など行う予算もひまもない」というのが本音である。

しかたなく自分で掘る事にした。しかし先に述べたように、県の教育委員会は個人の発掘を許可しないという。

市長へのお願い

八方ふさがりの中で地元市長にお願いした。
次のように説得した。
本格的調査でなければ費用などたかが知れている。もし私の仮説が正しければとんでもない遺跡である。佐賀県の吉野ヶ里は整備費として国の予算が何十億と付き、年間50万人を超える来場者がある。
もし私の仮説が正しければ吉野ヶ里など比では無い。そしてこの遺跡がもたらす地元への経済効果は計りしれないと訴えた。

市長は調査を約束してくれた。しかし担当者にしては極めて迷惑な話である。
御所市は、ただでさえ京奈和自動車道建設に伴う事前調査で大忙しなのに、個人のトンデモナイ仮説に付き合わされるはめになった訳である。

埋蔵遺跡の多い市町村には、考古学の専門知識を持った職員がいる。
最初に私がこの尾根の調査を申し出た際、その職員は「そこは古墳ではありません」と断言した。

本人が遺跡とは思わない場所へ、遺跡の確認調査に行く羽目になったわけである。しかもそこは道のない藪の中である。
市長の業務命令といえ、そんな所の調査など気が進むはずもなかろう。そんな担当者の困惑が推し量られた。

2ヵ月後、教育長名で調査報告書が送られて来た。
私が古墳であろうとする場所は、自然の尾根で遺跡など無いとするものであった。

遺跡ではないという調査報告が発掘を可能にした

 私は落胆した。私が考えるような年代や、大きさの古墳では無いとしても、専門家によってそこが古墳と認定される事を期待していたからである。

しかし結果としてこれが幸いするのである。
遺跡ではないと認定されたわけであるから、もはやこの場所は、文化財保護法の対象にはならないのである。

そこで県の文化財保護課に問い合わせた。遺跡調査などと言い出すとややこしい事になるので、「穴掘り大会を実施したいが問題はあるか」と問い合わせた。地元教育委員会によって、遺跡ではないと認定されたわけであるから、文化財保護法の見地からは、規制する立場には無いとの回答を得た。

ただし該当箇所は、環境保全地域であり宅地造成規制地域である。そちらの確認を取るようにとのことであった。何れも口頭でのやりとりではあるが、2m四方深さ1.5mくらいの穴であれば特に、問題なかろうというものであった。

もちろん事前に地権者の了解は取り付けてある。
ようやく自分の手で合法的に、玉手山の孝安天皇陵となりの尾根を、発掘調査する事が可能となった。
posted by 曲学の徒 at 11:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 径百余歩、卑弥呼の墓
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