2010年03月17日

卑弥呼の墓は石室を持たない

私は大きな勘違いをしていたかもしれない。
卑弥呼の墓には石室があると考えていた。桜井市のホケノ山古墳は卑弥呼が没した248年前後より古い時代の古墳である。
そこには石囲いとされる石室が存在する。したがって私はホケノ山より新しいであろう卑弥呼の墓は、石室を持つと推測していた。
そのために、No2の尾根で地中レーダ探査を行った際、レーダの異常反射波を石室の存在と確信した。しかしそれは石室ではなく岩盤であった。
またNo1の中心部では、そのような異常反射波を検知しなかった。そのため、墳丘の中心を試掘しなかった。
卑弥呼の墓が石室を持つと考えたのは、誤りであったようである。

『魏志倭人伝』は、「棺有りて槨無し」とする。槨は棺を収める囲いや、部屋のことである。それは無いとする。
「土で封じ塚を作る」とするから、棺を墳丘に直接埋葬している可能性が高い。石室は存在しないのである。

私は玉手山の尾根で試掘を試みた。そこから石室の石らしき物は、何一つ出土しない。
posted by 曲学の徒 at 10:23 | Comment(1) | TrackBack(0) | 径百余歩、卑弥呼の墓
この記事へのコメント
棺はあってもないかも確かになさそうな気もしますね。尾張系は本来は自然に還す方法論で、で一方和爾系はおそらく復活の為に死体を守り保護する事を考えて送る方が色々と配慮するようにも。土浦では顔に乗せる為の土器を作っていた場所もあります。なので顔意外は自然に帰ったんでしょうけど死者への愛情もそこで十分感じます。

石室ないのも理解できます。
Posted by りひと at 2017年09月07日 15:21
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