2010年03月17日

秋津遺跡の重要性

 去る1月20日に新聞報道された御所市池之内の遺跡は、秋津遺跡と名づけられたようである。
http://yamatai.sblo.jp/article/43632931.html
問題は調査主体の橿原考古学研究所が、この地域の重要性をまったく認識していないことである。

先に出土した神社遺構なども四世紀前半の遺構であり、伊勢神宮の創建年代と同時代の遺構である。
これらを近くにある、室の大墓と称される宮山古墳などとの関連でしか語れないことである。
宮山古墳は五世紀初頭の築造であろう。100年くらいあとの時代なのである。ところがこの地域は宮山古墳が築造される200年も前に、王都の在った場所なのである。

五代孝昭の掖上池心宮、六代孝安の室秋津嶋宮の伝承地なのである。
橿原考古学研究所の考古学者を初めとして、今日の文献史学者の多くが、孝昭や孝安の実在などまったく信じない。
したがって三世紀代の遺構や遺物が出土しようと、秋津嶋宮や池心宮との関連を想像することなど無いのである。
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