2010年07月29日

卑弥呼から建振熊命に至る系譜

 和邇氏(わにし)は和爾、和珥、丸邇などとも表記される。
五代孝昭と尾張氏の世襲足媛(よそたらしひめ)の児、天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしひと)を祖とする。

和邇氏系譜では、押媛命(忍鹿比売命)の母親を、私が卑弥呼とする宇那比姫とする。押媛命は天足彦国押人命の児とされるから、宇那比姫は天足彦国押人命の妻で、和邇氏の祖でもある。

建振熊命は363年の新羅侵攻の時、活躍した人物である。没したのはおおよそ四世紀の後半であろう。東大寺山古墳の推定築造年代と一致する。

卑弥呼が受け取った、中平銘鉄刀は200年近く伝世され、卑弥呼の子孫である和邇氏の墓に副葬されたのである。

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posted by 曲学の徒 at 12:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 卑弥呼には夫も子もあった
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