2010年09月18日

魏志倭人伝登場人物の同定

 私が『魏志倭人伝』の登場人物と対応させた系譜上の人物は次の通りである。

卑弥呼:宇那比姫(尾張氏)
台与:天豊姫(尾張氏)
難升米:梨迹臣(中臣氏)
都市牛利:由碁理(尾張氏)
伊聲耆:伊世理(中臣氏)
伊支馬:邇支倍(倭氏)
*彌馬升:三見宿禰(物部氏)
彌馬獲支:水口宿禰(物部氏)
*掖邪狗:稚押彦命(和邇氏)

*印の人物については若干の不安も残るが、他についてはその同定に絶対の自信を持っている。

同定にあたつて漢字の読みは重要であるが、私は漢字の読み、すなわち音を基準に同定したわけではない。
基準としたのは年代である。
ここに登場するのは尾張氏、物部氏、倭氏、中臣氏、和邇氏である。
幸いなことにこれらの氏族の神武時代の人物と崇神時代の人物はほぼ明らかになる。

尾張氏は倭宿禰が神武時代、日本得魂命が崇神時代である。
物部氏は宇摩志麻治が神武時代、建膽心大禰命が崇神時代。
倭氏は椎根津彦が神武時代、市磯長尾市が崇神時代。
中臣氏は天種子が神武時代、神聞勝命が崇神時代に対応します。
和邇氏の祖は神武時代までは遡りませんが、尾張氏と婚姻関係にあり、彦國葺が崇神時代に対応します。

これらの系譜を並べ、神武時代と崇神時代の人物を対応させた。そして私が卑弥呼とする宇那比姫と同時代か一世代後の人物で、音の類似する人物を探ったのが、上記の同定である。但し台与とする天豊姫は二世代後である。

倭氏の邇支倍や、中臣氏の梨迹臣、それと伊世理は、音の類似からも間違いないと確信できる。

touzyouzinnbutu.gif

まず宇那比姫を卑弥呼とすることである。
宇那比姫の子孫の墓、すなわち和邇氏の墓から卑弥呼が受け取ったと思われる中平年銘の鉄刀が出土している。いくつかの推論の上に成り立つ論証ではあるが宇那比姫が卑弥呼である事の物証と考える。

次に台与を天豊姫とすることである。
天豊姫は台与と音が似る事、宇那比姫の甥の児という同族の女性であり、卑弥呼の二世代後という年代的な妥当性もある。

また難升米を梨迹臣とする。
難升米は狗奴国と戦った人物である。梨迹臣は現在の滋賀県余呉の地で、その北の陸耳御笠と対峙した人物である。また中臣氏は九州から神武に従った大和王権の古くからの忠臣であり、王権の使いとして魏に赴くに適した人物である。
また2度目の遣使の一人伊聲耆は伊世理で、梨迹臣の腹違いの弟と推測される。

そして最初の遣使で、次使となる都市牛利は由碁理であろう。由碁理は後に丹波大縣主とされる人物である。
由碁理は卑弥呼の甥である。最初の遣使の時点では年が若く、梨迹臣が正使、由碁理が次使である。後に由碁理が支配者となる丹波の住人達は、古くから大陸と直接的な交渉を持っている。この人たちの力を借りて大陸に渡ったと考える。
丹後の峰山町と弥栄町の境に位置する、太田南5号墳から出土した青龍三年銘鏡は、この使節に加わった人物に与えられた鏡と推測する。
また由碁理の娘の天豊姫が台与である。この台与は後に開化の妃に成ったとされる竹野媛でもある。

次に邪馬台国の官として登場する伊支馬は、倭氏の邇支倍である。倭氏の祖とされる椎根津彦は大和王権成立の際、活躍する。その功績で倭国造に任命された氏族である。『魏志倭人伝』では邪馬台国の官として最初に記される。おそらく官位の序列順であろうから、倭氏は筆頭高官である。倭国造が邪馬台国の筆頭高官という図式は納得できる。

次の官は彌馬升である。私は物部氏の三見宿禰ではないかと考える。彌馬升の「升」は宿禰(すくね)を一文字で表したと推測する。したがって読みはミマノスクネである。一方三見宿禰の読みは普通ミツミノスクネとなるが、ミマノスクネと読むのではないかと考える。
4番目の官、彌馬獲支はミマクチと読んで物部氏の大水口宿禰とする。
物部氏は神武が奈良盆地入りする前に、この地に進出した氏族で、最初は神武と戦うが、同族と言うことで許され、大和王権の臣下となる。『先代旧事本紀』の物部氏系譜によれば、物部氏の人物が歴代の大和王権の高官となったとされる。このことから物部氏の人物が邪馬台国の高官で在ったことが裏付けられる。
大和王権の高官は倭氏と物部氏が占めていたと思われる。

最後は個人名ではないが卑弥呼の政治を補佐した男弟である。
卑弥呼すなわち宇那比姫の夫は天足彦国押人命である。天足彦国押人命の弟は、日本足彦国押人命、すなわち六代孝安天皇である。
和邇氏の系譜によると天足彦国押人命の子押媛命の母親を宇那比姫とする。したがって宇那比姫は天足彦国押人命の妻で、孝安は宇那比姫の義理の弟となる。このことから私は卑弥呼を補佐した男弟は他ならぬ孝安とする。

このように登場人物の世代位置の考察に、神社伝承、系譜伝承、『記紀』伝承を加え、その上で音の類似を重ねて同定している。同定の信頼度は極めて高いと考える。絶対の自信を持つゆえんである。

これだけ『魏志倭人伝』の登場人物が、宇那比姫の同時代か一世代後に出現するという事実は、宇那比姫を卑弥呼とする私の仮説の証明となる。

そしてこの『魏志倭人伝』の登場人物名解明は、邪馬台国の権力構造を明らかにし、倭国大乱の様相を浮かび上がらせる。
posted by 曲学の徒 at 13:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 魏志倭人伝の登場人物
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